20210722

錫杖岳(2021/7/21-23)メンバー/吉田、小林、西川

山域
錫杖岳
日程
2021年7月22日~23日
メンバー
吉田 小林 西川
コースタイム
7/21 夜行(21:00新大阪発~26:00登山口で仮眠)
7/22 登山口5:30~錫杖沢出合7:00(テント場)
注文の多い料理店8:30~13:30
7/23 左方カンテ9:00~13:00
  帰り(18:30高山~23:00大阪~途中仮眠~翌24日10:00松江着)
詳細
(注)以下、ルートの詳細記録ではありません。単なる個人の感想です。

「錫杖(しゃくじょう)は、遊行僧が携帯する道具(比丘十八物)の一つである杖。梵語ではカッカラ(khakkhara)といい、有声杖、鳴杖、智杖、徳杖、金錫ともいう。(Wikipedia)」
「錫杖岳は、僧侶が持つ錫杖の頭の部分が山体に似ていることから名付けられた。(Wikipedia)」
余談ながら、「錫杖」にまつわる登山史として、明治40年、陸軍参謀本部陸地測量部の測量官、柴崎芳太郎が率いる測量隊による剱岳初登頂の際に、山頂で錫杖頭が発見され、鑑定の結果、奈良時代後半から平安時代初期にかけて登頂した修験者のものとされている。

私にとって、錫杖岳は長く憧れの岩場だった。連休などに大阪の仲間を誘うと、錫杖岳は土日で行けると言われたこともあり、そうは言っても島根から土日で行くことは、かなり難しかった。
その一方で、「注文」をはじめとした魅力的なトラッドのイメージ、そしてトップクライマーによる新ルートの開拓(もちろん実力不足で手は出せないが)、また、往年の天才クライマー松濤明の錫杖単独行への畏敬。つまり、ずっと登りたかったのです。

今回、会の仲間である西川さんと玉ちゃんが手を挙げてくれて、ついに行くことになった。私事ながら家族にはコロナ禍のため反対され、結果、帰ってから2週間家に入れませんでした。それでも、やっぱり行って良かった。
あの高層ビルディングのように聳える前衛フェース、そのなかを、ひたひたと、あるときは大胆に登攀していく感覚。なんと2日間とも貸し切り!気分は最高だった。

初日の「注文」は久しぶりの本チャンのためか、なんだかフワフワした状態であまり覚えていない(いつもですが、ルートの詳細は覚えてないのです)。1ピッチ目は西川さんが階段状フェースを淡々とテラスまで。単独行の若者が一人。ここで譲ってくれた。2ピッチ目は玉ちゃん。危なげなくロープを伸ばす。3ピッチ目が私の番、ルーフハング下を右から乗越すところで力が入った。その後も3人交代で行く。終了点はしっかり整備されている。一方、中間支点はほぼ皆無。楽しめました。最終ピッチ手前で稜線に出て景色を堪能した。

2日目の「左方カンテ」では、2回目だからという二人の好意によって、核心をリードさせてもらいました。僕の印象ですが、「注文」よりも変化に富んで楽しめる気がします(比較的簡単だからか?)。2日目なので体も慣れてきたのか、気分的にのびやかに登れた。
そもそも左方カンテは補欠でして、本来は「見張り塔からずっと」に行くはずだったが、連日の午後雨予報で諦めました。実際、昼過ぎから雨が降り、2日目の下山中には本降りでした。
「注文」の取り付きから「見張り塔からずっと」が見えた。三人であっちからこう行って、あの草付きを右へあがって、などと話した。出だしの大滝から本峰頂上までがすべて見える。いやがうえにも登攀意欲をそそられる。次は行きたい。

清廉な水流、広がる夏空、そして、自然の中にクライマーだけの風景。アルパインクライミング日和の2日間、夏合宿不参加の私にとって贅沢な夏となった。

テントでは2泊分の酒を飲んで盛り上がりました。西川さんの生きざまに、ある意味尊敬の念を感じました。
帰りは濡れた体を温泉で癒し、高山の国八食堂で焼豆腐定食を味わい、長い帰途についた。
今回の山行目的は、「自分に向き合う」だった。普段てきとうな生き方をしているが、今回も登りながら、また、登った後で考えたことは、ビビりと飯のことくらい。ちっとも目的は達成できていない。次回も頑張ろう。

「注文」5ピッチ目(玉ちゃん)

左方カンテ6ピッチ目(吉田)