2017年11月23日 小太郎岩事故報告書

小太郎岩事故報告書

日付:2017年11月23日
場所:小太郎岩(名張)
メンバー:中嶋、杉橋、小林

状況:
小太郎岩下部岩壁にて、冬合宿の屏風に向けて、アイゼンアブミおよび荷揚げの練習を行っていた。
下部岩壁中間の終了点に杉橋のビナ2枚、60㎝シュリンゲ、安全環付ビナ(赤色)を設置。その終了点にはリングボルト3つ、残置シュリンゲ数本、残置ビナ(環なし)があった。
ロープはダブルロープ(黄、赤)を使用。まず、中嶋(トップ)がアイゼンアブミで終了点まで登り、黄ロープの末端にザックを付け、マイクロトラクションで荷上げ。
赤ロープはエイトノットで支点に固定。荷上と同時に赤ロープで杉橋(セカンド)がユマーリングで登った。
ザックと杉橋が終了点に着いた後、中嶋がザックを背負い、小林の到着を待つ。小林(サード)がセカンドと同じく赤ロープでユマーリングし、終了点に到着後、赤ロープ1本で懸垂下降。
その後、杉橋が、マイクロトラクションまで黄ロープの末端(ザック側)がきていたので解除し、マイクロトラクションを貰って、赤ロープで懸垂下降をした。
最後に中嶋が赤ロープを終了点の安全環付ビナ(赤色)にセット。黄ロープと赤ロープを下に落とした。
この時、2本のロープの末端は中嶋にエイトノットで連結されたままで、もう片方の末端は下に届いていた。
赤ロープの中間も下に届いていた(図1の状態)。この時、中嶋から「ロープ届いたか?」と確認があったため、下に居る杉橋と小林が届いていることを伝えた。
赤ロープにユマーリングの固定の為のエイトノットが残ったままだったので、下に居る小林が解こうとするが、固くてなかなか取れず、その間に中嶋が下降を開始(開始前にテスティング)、途中で停止。
しばらく後、また下降を開始したところ、落下し、そのまま山の斜面を10mほど滑落して停止した。
この時、小林は結び目を解こうと手元を見ており、落下の瞬間は見えなかったが、頭に何かぶつかり、その瞬間は中嶋が何かを落としたのかと思った(それほど強い衝撃ではなかった)。
中嶋が落ちたと気付き、終了点が崩壊したのかと上を見ると、終了点は崩壊しておらず、杉橋がセットしたビナとシュリンゲも残されていたが、ロープは残っていなかった。
小林の手元にはロープの末端(エイトノットの結び目)が残っていた。
杉橋がすぐに中嶋の元へ行き、介抱の為、杉橋が素早く中嶋の身に付けているものを外した。
ハーネスには赤・黄ロープがエイトノットで結ばれていたので解除をした。
記憶が曖昧なので断定は出来ないが、ルベルとオートロックのカラビナを外したので赤ロープが残っていた可能性が高い。
その後、回収の為、小林が再び登り、終了点のビナを確認。安全環は完全に閉まっていなかったが、押してもゲートは開かなかった。

事故後:
ヘルメットと帽子、メガネは斜面に散らばっており、頭と腰、左手首を打っていた。特に左手首は動かない。足は無事なので、自力下山。
スマホで検索し、車で20分ほどの名張市民病院に向かう。移動中に病院に電話し、16時頃病院に到着。脳CT、内臓エコー、腰と左手首のレントゲン。左手首骨折との診断で、簡易ギプスで固定し、車で帰阪。

考察:
1 ロープの末端は、片方が中嶋に連結されており、もう片方は小林が最後まで持っていた状態であるので、すっぽ抜けたとは考えられない。
2 懸垂の支点にしていたビナはゲートが開く状況ではなかった。
安全環もしっかりは締まっていなかったが開くほどではなかったし、まっすぐ下にテンションが掛かっている状態で、ゲートが開くような力は掛かっていなかった。
これらのことから、セットしていたロープが途中でビナから外れたとは考えられない。
3 途中まで懸垂していたことから、ルベルソにロープが正しくセットされていなかったとは考えられない。
4 真下に人が居なくて当たらずに済んだ。ザックがクッションになって衝撃が和らいだ。ヘルメット(シロッコ)は落ちた衝撃で首紐が取れた。
落ちてからの傾斜が緩く、転げ落ちる感じだった。中嶋本人としては焦ったつもりは全く無く、いつもどおりの懸垂下降のセットをしたつもりだった。
ただ落ちたことは事実なので、セットが間違っていたのだと思う。二度の確認や声だし、指差し確認はしていない。

考えられる原因:
1 支点にロープが正しくセットされていなかった。何かに引っ掛かっていた為、途中までは懸垂できたが、それが外れたため落下した(図1)。
2 赤ロープを地上に落としたときは、支点の環付ビナを通したロープの両方が地上まで届いていたが、中嶋がハーネスに結んでいた赤ロープを何らかの理由で環付ビナにクリップした。
そのため、環付ビナに長いU字状のロープが垂れている状態となった。
この状態でハーネス側のロープ及び末端側のロープをルベルソにセットし荷重を加えると、U字状のロープがそっくり支点から抜け落ちることになる。
中嶋が懸垂下降前にテスティングしたときは、U字状のロープ末端が下部のどこか(岩の突起やボルト等)にひっかかっていて、荷重に耐えられた。
したがって、しばらくは通常どおり下降できた。10m程下降して一旦停止した際、U字状ロープ末端のひっかかりが外れ、再び下降しようとした際に、U字状ロープが支点の環付ビナから抜け、中嶋もろとも落下した。

教訓:
• ダブルロープをハーネスに結んだまま懸垂下降していたため、ハーネス回りがごちゃごちゃしていたのが事故の一因。多少時間を要しても、シンプルなシステムを選択することが大切。
• めんどうがらずハーネスからはきちんとロープを外し、印のある真中もしくはダブルロープを結んでから懸垂する。
• 懸垂での滑落はたとえ短い滑落であってもすべてをロープに預けているゆえに、その衝撃は凄まじいものがある。短い距離だと思っても油断は絶対禁物である。
• ゲレンデでの練習という気の緩みもあったかも知れない。ゲレンデにおける懸垂下降の事故というのは意外と多い。
• 加齢による注意力の低下もあると思われる。
• ペツルのシロッコはアゴ紐のバックルの固定力が弱いので外れやすい。今回は最初に衝撃を受けた際に外れてしまった。
• 懸垂の真下には絶対入らない。
• 荷物が衝撃のクッションになってくれた。
• 事故後はなるべく早く病院に行き、あらゆる診察を受けておくべきである。